「14年後の伏線回収…」
本を読む人たちの間で「伏線回収」という言葉を使うことがあります。
主に小説でのことですが、序盤に散りばめらていた事柄が終盤になって種明しされたときに「伏線回収した!」と言います。伏線というくらいですから、本題ではなくその裏側で起きていたとを指します。
本の中で起きている以上のことを想像して読むのが小説の醍醐味ですが、伏線は作者が意図して用意したものか、知る由はありません。読んだ人が皆、「あの時のアレがここにつながっていた」と思うものもありますし、「あれはつながっていたんじゃないか」と推測するのも自由なのです。
私は小説を読みますが、伏線回収にはあまり関心がありません。と思っていても勝手に回収されるものもありますが、むしろ回収されないものを好みます。理由は、小説は完結しても、そのつづきを頭の中で描きつづけて楽しんでいるからです。もしハッピーエンドで終わった物語でも、その幸せは永遠につづくとはおもわないし、また試練がやってきて奮闘するのだろうなと想像します。オチもない、伏線回収もない物語でも頭の中でやがて幸せになる姿を想像します。そんなことを考えていると、小説で起きたことだったのか、現実にあったことか区別つかなくなることも暫しあります。
読書の醍醐味で僕が一番関心あるのは、『本を読んだ人がどんな行動に出るのか?』です。一冊の本との出会いで、何かしたい衝動に駆られて実際にやってしまった人の人生ほど面白いものはありません。まさか!と思うようなことを皆さんやってしまうのです。
昔の話をします。2011年9月ごろ、高校3年生の男の子(Y君)が本屋に来ました。
Y君は、清水克衛さんの「5%の人」に感化され本を読み始めました。東京にある「読書のすすめ」にはなかなか行けないけど、清水さんが紹介していた伊丹の本屋(当店)なら近いので行ってみようと思ったのです。
Y君が初めて来たとき、こう話してくれました。「大学に行くつもりもなく、でも働くイメージもできない。やりたいことがあるわけではないので専門学校でもない。周りのみんなはもう進路を決めているのに自分はまだ決まっていない。どうしたらいいか焦っている」 こういう高校生、大学生はよく現れます。進路について私はアドバイスできませんが、手がかりをみつけるのに「本を読みたい」とおっしゃるので本を選んで紹介しています。Y君には、植松努さんの「NASAより宇宙に近い町工場」をすすめました。

Y君は、買って帰ってからすぐに読み、ある衝動に駆られました。
「ぼく、靴職人になりたい」
後日、再び本屋に現れたY君の話によると、昔、テレビでイタリアの靴職人の特集をやっていたそうです。それを見て、自分も将来こんな仕事をしたいと思ったそうです。しかし、番組が終わってしまうと現実に引き戻されてしまい「でも自分には無理なことや」と思ってあきらめてしまいました。植松努さんの本に書いてあった言葉、「どうせ無理という言葉をなくそう」で目が覚め、あの時描いた夢を叶えよう、チャレンジしようと決意されたのです。
私はY君に尋ねました、「どんな靴職人になりたいの?」
Y君はすぐ答えました、「流行り廃りがなく、何十年も履ける丈夫な、あたたかみのある靴をつくりたい」と。
イタリアに行って靴職人になることがどれだけ難しいことなのか、どれくらい可能性あることなのか、検討がつきませんでしたが、Y君の決意を尊重したく、背中を押しました。幸いにも、近日に伊勢で清水克衛さんの講演会がありY君を誘いました。たしか10月のことだったと思います。
Y君はそれ以来、本屋に現れなくなりました。連絡先は聞いてましたが、きっと夢に向かって準備しているのだろうと思い連絡はしませんでした。そんなことがあったことも忘れかけてた翌年の3月のある日、Y君から着信がありました。私は出張のため移動中で出られず、あとから留守番電話を聞きました。
「店長、○○です。覚えてますでしょうか、あの時はお世話になりました。本当はお店に挨拶しに行きたかったのですが、バタバタして伺えませんでした。僕、明日、イタリアに行くんです。靴職人になって日本に帰ってきたら必ずお店に行くので僕のこと覚えててください」
Y君は本当に靴職人になるために本当にイタリアに旅立ちました。
私は嬉しくて、そのことだけで胸いっぱいで折り返し電話をしませんでした。
長く履ける丈夫な靴をつくってくれよ!日本に帰ったら教えてくれよ!それまで元気でいろよ!と祈るだけにしました。
その後、私は暫し講演に呼ばれることがありました。読書サークルや学校の授業、ビジネス勉強会、図書館のイベントで「読書の魅力」を話す時に、よくY君の話をしました。進路に迷っていた高校3年の男の子が、一冊の本に感化され「靴職人になる」と言って本当にイタリアに行ったんです。それ以来、その子は現れてないのですが、きっとイタリアで靴職人になっていると思います・・・ と。
何度ネタにしたことでしょう。もうずいぶん昔のことになるので最近は話さなくなりましたが、時々、靴職にになったY君を想像してしまいます。そのことと、読んだ小説のその後を想像することと同じつもりです。事実はどうだったか知ることより、想像でもいい未来を描いていたい。そういう愉しみかたいいでしょ?
2025年10月2日昼過ぎ…
この日もせっせと発送作業をしていました。3時ごろに宅急便の集荷があるのでそれまでが勝負です。間に合わないと1日遅れてしまいますからね。時間を気にし始めた頃、一人の青年が店にやってきました。まだ目が合う前に勢いよく「ぼく、14年前に店長にお世話になった者です。靴職人になると言ってイタリアに行った○○です。あの時はお世話になりました。ずっと御礼言えてないままで気になってて、今日やっと言いに来れました…」
14年前のY君がいい大人になって帰ってきました。本当に挨拶に来てくれました。
忘れてなかったけど、待ってはいなかった。会いたかったけど、会えなくても私の中で生きていた。イタリアに行ってどうなったんだろう。靴職人なったのだろうか。そして今はどこで何をしているのか?質問攻めしてしまった。そして14年の空白が埋まりました。
Y君が清水店長の本を読んだきっかけも、本当は靴職人じゃなくファッションに興味を持ったことも、サッカー選手の夢をあきらめたことも、2011年3月11日 東日本大震災も、家族のことも、無数の導きがあってイタリアに行くことになった。どこから始まって、どこで終わったなんて言えません。
伏線回収… 作中で見つけるのもおもしろいかもしれませんが、現実で回収しませんか?本を閉じたあとの物語、無数にあるでしょう。想像して、創造する、読書の醍醐味です。
byこんぶ店長